
日本の本州では本日に海開きを行います。
海水浴場では、
シーズン中の繁盛と安全を祈願し、
神主などによる神事を執り行うところが多いそうです。
今年は水難事故が起きませんように・・・
水難事故 防止方法
1.水泳中や水遊び中、
絶対に子供から目を離さない。
2.浮き輪を使っているからと
安心しない。
3.ふざけは、やがてエスカレートし
取り返しのつかない事態を招きます。
厳しく監視してください。
4.休憩時間は概ね1時間毎に取らせてください。
水から出ないと、疲労度を確認することが出来ません。
5.鼻から水を吸い上げてしまうことは多々あります。
ひどく咳き込んだり、苦しがった時は、
しばらく休ませてください。
(「耳抜き」のように鼻は、耳と繋がっています。
耳は平衡感覚をつかさどる器官があります。
平衡感覚を鈍くしてしまい、溺れる可能性があります。)
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2009.07.01 |
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今日は、井伊 直弼の実父である井伊 直中について
お話ししたいと思います。
彼は、近江彦根藩の第13代藩主です。
直中は積極的な藩政改革を行ない、
財政再建のための倹約令や町会設置による
防火制度の整備、殖産興業政策を行ないました。
また、直中は弓術・馬術など武芸に優れていました。
その中でも特に鉄砲術に秀でており、
一貫流という一派を自ら興しました。
直中の子の多くは
彦根藩のほか、多くの藩の養子となって
幕末の政治に大きな影響を与えました。
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2009.06.24 |
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本日6月10日は「時の記念日」です。
日本国民に「時間をきちんと守り、欧米並みに生活の改善・合理化を図ろう」と
呼びかけ、時間の大切さを尊重する意識を広めるために設けられました。
天智天皇が日本で初めて水時計(漏刻)を近江神宮(滋賀県大津市)に設置しました。
境内には各地の時計業者が寄進した日時計や漏刻などを飾ってあります。
日本初のこの水時計が鐘を打った日が今日であることからこの日となりました。
なお、「漏尅」すなわち「漏刻」とは水時計のことです。
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2009.06.11 |
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大老 井伊 直弼(いい なおすけ)
今日は、井伊 直弼についてお話ししたいと思います。
彼は、近江彦根藩の第13代藩主で江戸幕府の大老で
みなさんもご存じのように、とても有名ですよね。
第11代藩主・井伊直中の十四男。
本来ならば他家に養子に行く身でしたが、
兄で12代藩主・井伊直亮の養子となり、
その後、家督第13代藩主となりました。
大老に就任して事実上の幕府最高権力者となり
安政の大獄を行なって反対派を処罰しましたが
大獄に対する反発から桜田門外において水戸脱藩藩士らに
暗殺され生涯を終えました(桜田門外の変)。
学校で学ぶ歴史は、この位の情報量でしょう。
しかし、一人の人間としての角度で
彼を見ると、想像していた人物とは異なります。
例えば、
庶子であったため、養子の口も無く、
17歳から32歳までの15年間を300俵の捨扶持の
部屋住みとして過ごしたそうな。
この間、長野主膳と師弟関係を結んで国学を学び、
自らを花の咲くことのない埋もれ木にたとえ、
埋木舎(うもれぎのや)と名付けた住宅で、
世捨て人のように暮らしていました。
この頃熱心に茶道(石州流)を学んでおり、
茶人として大成しました。
他にも和歌や鼓、禅、槍術、居合術を学ぶなど、
聡明さを早くから示していたんですね。
かと思えば、
安政の大獄における過酷な処分は
多くの人々から恨まれ、
彦根藩祖である直政同様に「井伊の赤鬼」といわれました。
直政の場合は畏敬の念が含まれていたが、
こちらは憎しみのあまりであるそうな。
また、直弼を指す隠語として「赤鬼」という語を用いる場合があります。
彼のような人物がいなければ、
今現在の日本の歴史は大きく変わっていたでしょう。
人々によって今現在の暮らしが作られたと思うと
すごく幸せな気持ちになります。
皆さんは、毎日を大事に過ごしていますか?
2009.06.02 |
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5月14日はどんなことがあった日なのか?
ここでご紹介したいと思います。
■じつは、種痘記念日です。
1796年、イギリスの外科医ジェンナーが初めて種痘の接種に成功した日です。
種痘の登場以前は、天然痘は最も恐ろしい病気の一つでした。
発症すると、高熱に引き続いて、全身に化膿性の発疹ができるため、
運良く治った人もあばた面になってしまったそうな・・・。
以前より、一度天然痘にかかった人は、
二度とこの病気にならないことが知られていました。
また、ジェンナーは、乳絞りの女性から牛痘にかかると
天然痘には罹からないことを聞きました。
そこで、牛痘にかかった乳絞りの女性
サラ・ネルムズの手の水疱からとった膿を、
近所に住んでいた8歳の男児フィップスの腕に接種しました。
10日後に発症したがすぐに治癒し、
その後天然痘を接種しても感染しませんでした。
この実験は、学会には認められなかったが、
ジェンナーは貧しい人たちに無料で種痘の接種を行い、
次第に認められるようになったのだそうです。
こうやって人の手によって新しい事が発見され
現代にまでその歴史が続いているんですね。
2009.05.14 |
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